寄稿SeasonⅤ ①
- ①子育て改革
Season Ⅴ ① 諸外国の転換
Naoさん(「青本」著者)
聞き手・Masaくん(気弱なジャーナリスト)
江戸の街角や店内で、はだかのキューピッドが、これまたはだかに近い頑丈そうな父親の腕に抱かれているのを見かける。これはごくありふれた光景である。父親はこの小さな荷物を抱いて見るからになれた手つきでやさしく器用にあやしながら、あちこちを歩き回る。ここには捨て子の養育院は必要ないように思われるし、嬰児殺しもなさそうだ――オールコック「幕末日本滞在記」
Masa 今回は、Naoさんの「子育て改革のための共同親権プロジェクト」が著した「基本政策提言書」(通称・青本)を下敷きにお話を聞きたいのですが、そもそもプロジェクトの目的って何でしょう?
Nao 私たちのプロジェクトは子育てに関わる親子分断、ひとり親の貧困、性別役割分担といった現在生じている数々の問題の解決を目的としています。これらの問題を生み出す根源は、民法の単独親権制度と言っていいでしょう。私たちは単独親権制度から共同親権制度への転換を提案します。この提案は日本社会の子育てのモデル、ひいては現代日本の「家族」と「社会」の関係を抜本的に変え、すべての人にとって日本を暮らしやすい国にするものと信じています。
Masa 欧米各国にしても、共同親権制度への移行はそんなに昔のことではないのですね。
Nao 日本における子の連れ去りや親子分断が国際的な非難を受けていることから、各国のスタンダードを知ることは重要でしょう。法務省の24カ国調査によれば、対象としたG20を含む海外24カ国において、単独親権のみが認められているのはインドとトルコのみであり、その他の多くの国では離婚後も共同・分担して子どもを養育する共同親権制度を採用しています。
これらの国々も従前は単独親権制度を採用していましたが、1979年の映画「クレイマー・クレイマー」のヒットや、1990年に発効した「子どもの権利条約」を批准したことにより、共同親権制度に切り替えたといわれます。日弁連法務研究財団の書籍「子どもの福祉と共同親権」によると、アメリカの各州が共同親権へと転換したのは1980~2000年代です。他ではイギリスが1989年、ドイツが1998年、イタリアが2006年。
日本は1994年に「子どもの権利条約」を批准するも、問題の根本である民法を改正してきませんでした。さらに2013年に「ハーグ条約(国境を越えた子どもの不法な連れ去り・留置に関する条約)」を批准するも、同様に民法の改正をせず、各国から非難を受ける事態に至っています。
更新 2022-07-04 (月) 07:02:42
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